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山形地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1962年10月22日

原告 岩松午之助

被告 山形県知事 外一名

主文

原告の、被告山形県知事との間で、買収処分の無効確認を求める訴を却下する。

原告の、被告小野作之助との間で、所有権の確認を求める請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告山形県知事が原告に対し東根市大字神町字若木七一番の一宅地二五五坪二合八勺につき昭和二三年七月二日を買収の期日と定めてした自作農創設特別措置法第一五条の規定に基づく買収処分は無効であることを確認する。原告と被告小野作之助との間で右土地は原告の所有であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、

「一、請求の趣旨記載の土地(以下単に本件土地と略称する。)はもと原告の所有であつた東根市大字神町字若木七一番宅地一、七七四坪の一部で被告知事によつて分筆されたものであるが、現に原告の所有である。

二、被告知事は本件土地について自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する。)第一五条の規定に基づき昭和二三年七月二日を買収の期日と定めて買収処分をなし、更に同法第一六条の規定に基づき同日を売渡の期日と定めて被告小野に対し売渡処分をなした。

三、しかしながら右買収処分は次のような重大かつ明白な瑕疵があるので当然無効である。

(一)  本件土地は明治三〇年代より宅地として登記されかつ現実に宅地として使用されてきたもので本件土地上には昭和初年頃から原告所有の東根市大字神町字若木七一番地所在家屋番号二六番木造瓦葺平家建一棟建坪三一坪の建物が存しており、本件土地の隣接地である同所七一番の二の土地上には被告小野の実母訴外小野スエ所有の建物が存し(現在は同被告の所有となつている。)同被告は右建物に居住しているので同被告が本件土地をその営農に利用する必要は全然なかつたばかりでなく、地上に原告所有の建物が存する本件土地について建物を除外し宅地のみを買収することは被売渡人を宅地地主化するものであり、また地上に建物が存するかぎり農業上の利用の増進に資することができないのであるから自創法第一条に規定する自作農の創設、維持、土地の農業上の利用の増進という目的に全く背反するものというべく、結局同法第一五条第一項(第一五項と記載あるのは誤記と認める。)各号に該当する事由がないのに被告知事が同条の規定に基づいてなした本件土地の買収処分は重大かつ明白な瑕疵があるので当然無効である。

(二)  被告小野は右分筆前の土地の売渡しを受けたが、右売渡し登記の頃右土地上に同被告経営の映画館用建物を建築し、また訴外両羽銀行神町支店建設用地として同銀行に賃貸する等の行為をなし、被告知事は右買収農地の宅地転用を認めた。従つて本件分筆前の土地全体が本件買収当時から宅地であることは明白であつたのに、右土地の公簿上の地目を宅地から畑へと変更したうえ本件土地を買収しようと計つたが、本件土地上に建物が存するのでその地目を畑と変更することができないまま買収したものであり、また被告小野の住居は本件土地に隣接し、本件の建物を利用する必要がないのみならず、同被告は宅地三〇〇坪以上を所有してその余の宅地を必要としないのに被告知事は無暴にも本件土地のみを買収したものであるから、本件買収処分は公権力行使の濫用であつて当然無効である。

以上のように本件買収処分は重大かつ明白な瑕疵があつて当然無効であるから、被告知事に対し本件買収処分が無効であることの確認を求める。

四、従つて当然無効な買収処分を前提として自創法第一六条の規定に基づいてなされた被告小野に対する本件土地の売渡処分もまた当然無効であるから、同被告は本件土地の所有権を有しない。よつて同被告との間で本件土地が原告の所有であることの確認を求める。」

と述べ、

被告知事の本案の主張に対し、

「被告知事の主張事実は全部否認する。本件土地について訴外小野丑之助はこれをただ管理していたのにすぎず、これを賃借していたものではない。本件土地上の建物はもと杉皮葺の平家建のものであつたが、買収当時建物としての用をなしていた。」

と述べ、

被告小野の本案前の主張に対し、

「本件訴は行政事件訴訟特例法の規定に基づくものであるが、同法第六条の規定によつて訴の併合が許されないものとはいえない。」

と述べ、

同被告の本案の主張に対し、

「本件土地の売渡通知書が昭和二三年一〇月二〇日被告小野に交付されたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。同被告は時効によつて本件土地の所有権を取得した旨主張するが、(一)本件土地上には原告所有の建物が存するので、原告が本件土地を占有していることは明白であり、同被告の主張は失当である。(二)仮に同被告が原告所有の建物を取毀したとすれば、その時から原告の占有を不法に侵奪したものというべく、同被告の占有は明らかに悪意をもつてなされたものであり、仮にそうでないとしても過失ある占有であるから、同被告は本件土地を時効により取得するいわれはない。」

と述べ、

(証拠省略)

被告知事指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告の主張事実中、被告知事が本件土地について原告主張の買収処分および売渡処分をなしたことおよび買収当時本件土地上に原告所有の建物があつたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。」

と述べ、更に、

「(一) 仮りに本件買収処分および売渡処分が無効であるとしても、相被告小野が本訴において取得時効を援用しているから、同被告は時効により本件土地の所有権を取得した。従つて原告は本件買収処分および売渡処分の無効確認を求める法律上の利益を有しないから、原告の被告知事に対する請求は却下を免れない。

(二)  また、右(一)の主張が理由がないとしても本件買収処分は適法であつた。すなわち、被告小野の亡父訴外小野丑之助は本件買収処分のあつた昭和二三年七月二日より約三八年も前から本件土地を賃借して使用収益してきたものであり、右買収当時同被告は農地約一町五反歩を耕作して自創法第一条に規定する自作農としての資格を有していた。もつとも本件土地上にはかつて原告所有の建物が存したが、それは杉皮葺の粗末な建物で買収当時は住む者もなく朽廃甚しくてようやくその形骸をとどめたにすぎず、物置などにするほか居宅の用をなさない有様であつたのでその買収申出もなかつたところ、本件土地は現に訴外小野スエ所有の東根市大字神町字若木七一番の二宅地三〇八坪、原告から買収されて被告小野に売渡された同所同番の三畑三反七歩および同番の四宅地四四坪八合八勺と訴外日野真澄から買収されて同被告に売渡された同所一、〇二九番の二畑二三歩の各土地に囲まれた土地で、機能的にも地理的にも同被告の営農上必要な宅地であつたので、被告知事は自創法第一五条第一項第二号の規定に基づいて本件土地を買収したのであり、右買収処分には何らの違法事由も存しない。従つて右買収処分を前提とする売渡処分にも何ら違法はなかつた。

(三)  更に右(二)の主張が理由がないとしても、原告は本件買収処分から一〇年以内に何らの異議も申立てなかつたので被告知事は最早原告から右買収処分の無効を主張されることはないものと信頼した正当な事由があるものというべく、従つてその後において右買収処分の無効を主張することは信義誠実の原則に反するので許されない。」

と述べた。

(証拠省略)

被告小野訴訟代理人は、本案前の主張として、「原告の被告小野に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

「原告の本訴請求は行政処分の無効確認を訴求するものであるところ、本訴において原告は被告小野に対し原状回復、損害賠償その他の関連請求をしていないので行政事件訴訟特例法第六条の規定により訴の併合は許されないから、被告小野に対する本件訴は却下されるべきである。」

と述べ、

本案の請求について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告の主張事実中、本件土地が原告主張の土地から分筆されたものであること、被告知事が本件土地について原告主張の買収処分および売渡処分をなしたことおよび買収当時本件土地上に原告所有の建物があつたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。」 と述べ、更に、

「(一) 本件買収処分および売渡処分はいずれも適法有効である。その詳細は被告知事の答弁と同一であるからここにこれを引用する。よつて被告小野は適法に本件土地の所有権を取得した。

(二)  仮に本件買収処分が無効であり、被告小野に対する売渡処分が無効に帰し、これにより同被告が本件土地の所有権を取得しなかつたとしても、同被告は昭和二三年一〇月二〇日に同年七月二日を売渡の期日とする売渡通知書の交付を受け、爾来引続き所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有して現在に及んでおり、しかも右占有の始め善意であつてかつ過失がなかつたから、民法第一六二条第二項の取得時効の完成により占有の開始時(すなわち売渡通知書の交付の日)から一〇年を経過した昭和三三年一〇月二〇日に本件土地の所有権を取得した。従つて原告の本訴請求は失当である。

(三)  本件土地上には原告所有の建物が存したが、前述のように右建物は畑の中に建てられた物置または作業小屋のようなもので終戦当時には朽廃甚しく一部は倒壊し、他は倒壊寸前の状況にあつたので買収の対象となり得べきものではなかつたし、無人のまま放置されていたので被告小野は所有者が右建物の所有権をすでに放棄したものと思料し、本件土地の売渡を受けた後右の建物を取毀して原形を止めない程に改造し、新な建物とし爾来該建物を公然使用してきているのであるから、原告所有の用をなさないような建物があつただけでは原告が本件土地を占有しているものということはできないし、被告小野が朽廃した建物を取毀したということだけでは悪意または過失ある占有ということもできない。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告の被告知事に対する請求について

被告山形県知事は、原告主張の本件買収処分にその主張のような無効原因があるとしても、被告小野作之助がすでに取得時効により本件土地の所有権を取得しているから、原告はもはや被告知事に対し本件買収処分の無効確認を求める利益を有しないと主張するのでまずこの点について判断する。

自創法による土地の買収、売渡処分が法に違背して当然無効であるような場合においても、当該土地に対する買受人の占有が取得時効の要件をみたすものである限り、時効取得を否定すべき理由はないと解すべきであるところ、被告小野が本件土地の所有権を時効により取得していることは後に認定するとおりである。ところで行政処分の無効確認を訴求する法律上の利益は、行政処分の表見的存在により原告の現在の権利または法律上の利益が害され若しくは権利、利益が不明確にされる場合その表見的存在を除去することを必要とし、その表見的存在の除去のみによつて右の侵害または不明確性を排除するにたりる場合に認められるものと解すべきところ、被告知事に対する本訴請求は文字どおり本件土地に対する被告知事のなした買収処分が無効であるとの事実の確認を求めるものと解すべきでなく、その本旨は無効な右行政処分により表見上原告が本件土地の所有権を喪失したかのような現在の権利の不明確性の排除を求めるものと解すべきであるが、本件土地はすでに取得時効により被告小野の所有に帰してしまつたのであるから、その反射として原告は本件買収、売渡処分とは無関係に本件土地の所有権を喪失したことになり、たとえ本訴において本件買収処分の無効確認の判決を得たとしても、それだけでは当然に原告の所有権が復活するわけではなく、何ら原告の現在の権利または法律上の利益に有利に影響するところはないといわなければならない。なお、原告と被告知事との間で買収処分の無効が確認されることにより被告知事が原状に回復すべき適当な措置をとるべき法律上の責務が明らかになるとしても、前記のように本件土地の所有権が原告に復帰するわけでないし、また、行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについてはあらかじめ右行政処分について取消または無効確認の判決を得なければならないものではないから、被告知事の不法行為による国家賠償を求める目的に出たというだけでは無効確認を求めるについて法律上の利益を有するものと解することもできない。

以上の次第であるから、原告の被告知事に対する本訴請求は訴の利益を欠くものというべく、不適法として却下を免れない。

二、原告の被告小野に対する請求について

本案前の主張として、被告小野は、本訴において原告が同被告に対し本件買収処分の無効確認請求と関連する請求をしていないので訴の併合が許されないと主張するのでこの点について判断するに、原告が昭和三六年一一月六日午前一〇時の第九回口頭弁論期日において請求の趣旨の一部を変更し、同被告に対し本件土地が原告の所有であることの確認を請求する旨請求の趣旨を追加したことは本件記録上明らかであり、右の確認請求は原告の被告知事に対する本件買収処分無効確認請求と請求の発生原因が法律上または事実上共通であるから、右被告知事に対する請求と関連性があるものと解すべきである。してみれば原告の被告小野に対する本訴請求の併合は適法であり、同被告の前記主張は理由がないので到底これを採用することはできない。

次に本案について判断を進めるに、原告主張の本件買収処分および売渡処分にその主張のような無効事由があるか否かの判断はともかくとして、被告小野は取得時効の抗弁を主張するのでこの点について判断する。

被告小野が昭和二三年一〇月二〇日に本件土地について同年七月二日を売渡の期日と定めた売渡通知書の交付を受けたことは当事者間に争がなく、爾来同被告が所有の意思をもつて本件土地を占有してきたことは弁論の全趣旨から明らかである。ところで原告はこの点について、本件土地上に建物を所有して本件土地を占有しているので被告小野が本件土地を占有するいわれはない旨主張する。なるほど本件買収、売渡処分当時本件土地上に原告所有の建物が存したことは当事者間に争がなく、成立に争がない甲第五号証(家屋台帳謄本)によれば、現に東根市大字神町字本屋敷七一番地の一には原告所有の家屋番号二六番木造杉皮葺平家建居宅一棟建坪三一坪が存するかのような記載があり、成立に争がない甲第六号証(登記簿抄本)と弁論の全趣旨によれば、右地名に字本屋敷七一番地の一とあるのは本件土地の字若木七一番地の一と同一の土地を指すものと推認できるけれども、証人武田午之助、同横尾市郎、同佐々木半四郎の各証言、検証の結果、原告本人尋問の結果(ただし後記措信しない部分を除く。)と弁論の全趣旨によれば、右木造杉皮葺平家建の居宅は昭和二、三年頃原告の所有となつたが、原告は二、三度これを修繕したものの自らこれを使用するでもなく、被告小野の先々代訴外亡小野シモに管理を依頼したまま第三者の使用するのにまかせていたところ、昭和一九年頃にはすでに外観上これを居宅とみることはできないほどに荒廃し俗にいう小屋のようにしか見受けられなかつたほどであり、わずかに建物の内部に押入や縁側が造作されていたので以前に住居に供された建物であることは窺い知ることができたが、いわゆるあばらや同然で畳も敷いてなく、電灯線の設備もなかつたこと。その頃訴外佐々木半四郎は勤務の都合上東根市大字神町に居住先を物色中であつたが、被告小野の母訴外小野スエの勧めで右朽廃した建物の一部を自ら修繕してこれに家族と共に居住することになり、玄関、台所、内部の仕切り戸などを新設し、電灯線を配線し、畳も入れ、八畳間と六畳間の二室を整えてようやく居住に適するように改造したうえ家族を呼び寄せて共に右建物の一部で起居するに至つたが、右建物の他の一部は被告小野がこれを農作物の貯蔵に使用したり、物置などに使用していたこと。その後昭和二〇年五月頃訴外横尾市郎の家族が疎開して来て右建物の一部で物置のように使用されていた六畳間と三畳間の二室を借り受け、雨もりになやまされたりしながらも、穴のあいた壁にぼろを詰めたりなどして住居に使用していたこと。そして訴外横尾の家族は昭和二一年四月頃他へ転居し、訴外佐々木の家族も昭和二二年夏頃他へ転居したが、その間右両家族とも家賃の支払をしたことはなかつたこと。右両家族が転出した後は右建物に住む者もなくなつたので、被告小野がこれを物置などに使用していたが、本件土地の買収、売渡処分当時にはすでに居宅の用に供し得るような建物でなくなつたばかりでなく、かつて管理を被告小野方へまかせたとはいえ所有者であつた原告は長年に亘つてその管理や処分方を放置したままであつたためすでに原告がその所有権を放棄したものと考えたせいなのか、当時利用していた同被告から右建物の買収申込もなかつたので、右建物は附帯施設等の買収の対象とならず、原告所有のまま本件土地上に存置されることになつたが、被告小野は昭和二六、七年頃すでに朽廃しかけた原告所有の右建物を取りこわし、その敷地跡に現に存在する間口(南北に)六間半、奥行(東西に)三間の木造トタン葺平家建居宅一棟を新築したこと。しかして旧建物と新建物とは構造、建坪などを比較すると実質上同一性があるものとは認め難いところ、本訴が提起されるまで原告と被告小野との間で本件土地や建物について格別の争がなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前顕各証拠と対比してたやすく措信することができない。右認定事実によれば、本件土地の売渡処分がなされた後においても原告は本件土地上に建物を所有していたが、建物とは名ばかりですでに相当朽廃し、そのままでは建物(殊に居宅)としての用はなさなかつたほどなのであるから、右の朽廃(すなわち建物の滅失)により原告はすでに建物の所有権を失つていたものと解されないものでもなく、殊に現に存する建物は被告小野の所有に属するものと解せられる。してみれば原告が本件土地上に建物を所有することを前提として売渡処分当時から本件土地を占有していると主張することは理由がないものと解さざるを得ないが、仮りにそうでないとしても、原告が建物を所有して本件土地を占有することは、被告小野が売渡処分により自己の所有に帰したものと信じて本件土地を占有することを何ら排除するものではないと解すべきであるから、被告小野が本件土地を占有するいわれがないとの原告の主張は何ら理由がないものというべく、到底これを採用することはできない。

してみれば、民法第一八六条により被告小野は本件土地を所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に占有していたものと推定されるところ、本件全証拠によつても右の推定を覆すにはたりない。

そこで被告小野が被告知事の売渡処分により本件土地が自己の所有に帰したものと信じたことに過失がなかつたかどうかについて判断する。ところで、自創法による農地の売渡処分にかぎらず、一般に、ある特定の権利を取得させる行政処分があつた場合において、処分の相手方が処分の効果として権利を取得したと信ずるのは当然であるからその処分に取消されるべき違法事由または当然無効の事由があつて処分の相手方においてその処分の適法性に疑念を抱くのを当然とするような特別の事情がある場合のほかは、処分の相手方がそう信ずるについて過失はなかつたものと認めるのが相当である。

本件において原告は、被告小野が原告所有の建物を取りこわしたときから悪意の占有または過失ある占有になつたと主張するが、前記認定のとおり、被告小野が本件土地の売渡通知書の交付を受けたのは昭和二三年一〇月二〇日で、原告所有の建物を取りこわしたのは昭和二六、七年頃であるところ、右建物はすでに久しく原告の管理の手を放れ、居宅としての用をなさないほど朽廃していたのであるから、被告小野が右建物を取りこわしたからといつて、同被告が右売渡処分の適法性について当然疑念を抱くべきであつたのに注意を怠つたためそれに気づかなかつたものということにはならないし、また原告の右主張だけでは被告小野が売渡処分に基づいて自主占有を始めるについて過失がなかつたものではないとの理由にはならないから、原告の右主張も理由がないので採用することはできない。そのほか本件においては、原告主張の買収、売渡処分にその主張のような無効事由(それがあるか否かはともかくとして)のあることを知らなかつたことについて被告小野に過失の責を負わせるべき特別の事情を認め得る証拠はないから、同被告には本件売渡処分により本件土地が自己の所有に帰したものと信じたことについて過失がなかつたものというべきである。

してみると、たとえ本件買収、売渡処分に原告主張のような無効事由があつたとしても、被告小野は本件土地について被告知事から売渡通知書の交付を受けた昭和二三年一〇月二〇日の翌日から起算して一〇年を経過した昭和三三年一〇月二〇日の満了をもつて本件土地の所有権を取得時効により取得したものというべく、同被告の時効の抗弁は理由がある。

以上の次第であるから、原告の被告小野に対する本訴請求は、原告が本件土地の所有権を有しないのであるから、失当として棄却されるべきである。

三、よつて原告の被告知事に対する本件訴は不適法として却下し、被告小野に対する本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 石垣光雄 加藤一隆)

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